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徳川家康にみる事業承継対策
3人の事業承継者候補
歴史上の人物の中で、事業承継を上手に、かつスムーズに行なったのは、徳川家康ではないでしょうか。彼には自分の後を継がせられる3人の息子がいました。次男の秀康、三男の秀忠、四男の忠吉です。これら3人の中から家康は秀忠を選びました。その真意はわかりませんが、3人のおもしろいエピソードがあります。今回はこれを紹介したいと思います。
上杉討伐に向かった時に、石田三成が挙兵したとの知らせが入ります。いわゆる関ヶ原合戦です。この知らせを聞いて秀康はニヤリと笑い、ひょっとすると天下を取れるかもしれないと思ったといいます。秀忠は少し考えるようにして、もしかしたら天下を取られるかもしれないと思ったといいます。また、忠吉は馬上でひとりはしゃぎまわり、早く手柄をたてたいと思っていたといいます。
この中で、後継者選びには、最年少の忠吉は除かれ、秀康と秀忠の2人に絞られました。秀康は武勇には優れていましたが、短慮軽薄なところがありました。対して秀忠は、武勇には劣るが熟慮して、何事にも慎重なところがありました。これらを考慮に入れて家康は秀忠を後継者に選びました。
ぞくに「創るはやさし、続けるは難し」と言われます。家康は350年の布石として、まず、慎重に物事を進める守備型人間である、秀忠を後継者として決定したのでした。
事業承継のためのポイント
事業承継を上手く進めるためのポイントとして、家康は次のことを実行しました。第一に、後継者に自信をつけさせること。学問は積んでいても、経験、知識では先代にはかないません。彼に、いかにして自信をつけさせ後継者として認識させるかがポイントです。このために家康は将軍になって2年でその座を秀忠に譲り、大御所として駿府で秀忠に助言を送りました。
第二に、優秀な補佐役をつけること。家康のフトコロ刀といわれる本多正信を秀忠につけて、承継をスムーズに行なわせたのです。事業成功者には必ずといっていいほど、名補佐役がいます。事業承継に備え、自分の右腕といわれる人物を育てておくことも、重要なポイントのひとつです。
350年の政権を支えるもの
家康は長男に対する事業承継の原則を確立しました。秀康は豊臣家の養子に出ており、嫡子は秀忠でした。これを後継者とすることは当然のことにも思われます。このことは現代の企業における事業承継においても、望ましい姿であると思われます。
ただし、忘れてはならないことは、「器に合った後継者がいない場合は、グループ内から選ぶことも必要である」ということです。すなわち政権、現代で言えば企業は、存続することを第一目的とするのですから、いたずらに器に合わない人物を後継者とすることは、企業を滅亡させることにもなりかねません。
事業承継にあたっては、後継者をその器に合った人物に育て上げることを念頭に置いて、相続対策等を検討しなければなりません。


